SREとHR業務から考える、オペレーションの構造的課題
業務改善が進まないのは、現場の意欲が足りないからなのでしょうか。私は、改善の必要性が分かっていても、そこに手をつける余裕がないことが大きいと考えています。
本業では、ITシステムの運用・監視・統制を効率化するシステム開発を行っています。SRE、つまりエンジニアリングによってシステムの信頼性を高める領域での経験があります。副業では、HR業務を支援するAIプロダクトを開発しています。
扱う対象は違いますが、日々の必須業務を回すだけで一日が終わり、将来の負担を減らす仕事に進めない構造は共通するのではないか。これが今回考えたい問いです。
現場は改善したくないのではなく、改善する余裕がない
例えば、毎回手で行っている確認作業を自動化したいとします。ただ、自動化するには、今の手順を整理し、例外を洗い出し、動作を確かめる時間が要ります。その間も、今日の確認作業は止められません。
目の前の業務には、締め切りや、対応しなかった場合の影響があります。一方、改善の効果が出るのは将来です。どちらも大切でも、今日中に終える仕事が優先されます。
その結果、改善を後回しにするほど、明日も同じ手作業が残ります。「時間ができたら改善する」としている限り、改善に使える時間はなかなか生まれません。担当者の判断としては合理的でも、チーム全体では負担が固定されてしまいます。
SRE・IT運用では、予定外の仕事が予定を上書きする
待機中にまとまった空き時間があっても、いつ中断されるか分からなければ、深く考える仕事に入りにくい。私が改善の余力を考えるときは、時間に加えて、集中して取り組める状態まで含めたいです。
HR業務にも同じ構造は存在するのか
HRについては、私のIT運用の経験をそのまま当てはめるわけにはいきません。そこで、人事の実態を調査した資料を確認しました。
これは従業員300名以上の企業に勤める非管理職を対象としたインターネット調査で、すべての人事部門を代表するものではありません。ただ、日常業務に加えて割り込みや繁閑差がある点は、IT運用との共通点を考える手がかりになります。
例えば採用では、面接そのものに加え、候補者と面接官の日程調整があります。人事評価では、評価の提出状況を確認し、未提出者への連絡や問い合わせに対応します。勤怠の確認、給与計算、入退社に伴う手続きや労務相談も、必要な時期に進めなければなりません。
これらが重なれば、人材データを分析したり、評価制度を見直したりする時間は取りにくくなると考えられます。ただし、忙しさが制度改善を妨げる因果関係まで、先ほどの調査だけで証明できるわけではありません。ここは私の仮説です。
業務をL1・L2・L3の3つに整理してみる
この構造を考えるため、私は業務を次の3つに分けています。既存理論の紹介ではなく、この記事で使う私独自の整理です。ITサポートの一次・二次対応の区分とも異なります。
今日の業務を成立させる
同じ仕事の負担を減らす
先の課題に取り組む
仕事の目的の区分です。担当者の価値や能力の順位ではありません。
この循環が続けば、L3に必要なデータ整備や検討にも手が回りません。例えば、勤怠データを毎月転記する負担を残したまま、高度な人材分析だけを追加すれば、現場の仕事はむしろ増えかねません。
給与を正しく支払い、障害から復旧することは事業の土台です。L1の負担を減らす際にも、その役割を維持することが前提になります。
Google SREのToil削減から何を学べるか
GoogleのSRE本では、Toilを、本番サービスの運用に伴い、手作業で反復的、自動化可能、その場の対応に追われ、永続的な価値を残さず、サービスの成長に比例して増える傾向がある仕事として説明しています。すべての特徴を満たす必要はありません。[2]
その場の復旧に意味がない、という話ではありません。作業を終えても仕組みが変わらず、同じ対応がまた必要になる点が問題です。逆に、手間のかかる設定整理でも、将来の負担を減らす改善なら、単にToilとは言えません。[2]
同書は、Google SREでToilを各人の時間の50%未満に抑え、少なくとも50%を将来のToil削減やサービス改善のエンジニアリングに充てる目標を示しています。毎週一律の配分ではなく、数四半期から年単位でも見る考え方です。[2]
そもそも同書は、採用や人事書類などを、本番運用に直接結びつかない間接業務としてToilと区別しています。[2] HRへの応用は、定義の拡張ではなく、反復作業を見つけて減らし、改善時間を守る考え方の応用です。
例えば、面接の候補日時の回収や、同じ情報の転記は見直せるかもしれません。一方、候補者を理解する対話や、評価への異議を受け止める仕事は、人が判断する意味があります。私のL1とToilも一致しません。必須業務の中から、仕組みで減らせる部分を切り分ける必要があります。
改善するための余力をどう生み出すか
効果も、削減できた分数だけでは見ないようにしたいです。夜間の呼び出しが減ったか。例外の確認で何度も作業が止まらなくなったか。安心して考え続けられる時間が増えたか。認知的・心理的な余力も、次の改善を支えます。
AIは、そのための手段の一つです。ただ、導入のためのデータ整理や出力確認が増える可能性もあります。どこに使えば余力を生み出せるのかは、第3記事で掘り下げたいと思います。
改善するための余力は、個人の頑張りではなく、業務の仕組みで生み出す必要があります。「なぜ改善しないのか」と担当者に問う前に、改善に取り組める仕事の配分になっているかを考えたいです。
参考文献
[1] パーソル総合研究所「人事部大研究-非管理職の意識調査」(2022年11月28日公開)。調査概要、調査結果サマリ「人手不足により『人材採用』や『労務管理』業務が特に忙しい」を参照。
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/hr-department2/
調査結果・調査概要(パーソル総合研究所)
[2] Vivek Rau, Google, Site Reliability Engineering, Chapter 5 “Eliminating Toil”. Toil Defined、Why Less Toil Is Better、What Qualifies as Engineering? を参照。
https://sre.google/sre-book/eliminating-toil/
Eliminating Toil(Google SRE)
資料の定義・調査結果は要約して出所を示しています。L1〜L3の整理、両領域の比較、改善の進め方は私の考察です。



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